
いつも「音楽大好き親父の徒然ブログ」を見ていただき、ありがとうございます。
定年後は自分にとっては、会社員時代の数多の呪縛から解放されたことと、待ち望んだ自由を手に出来たことで、再雇用を選択しなかったことへの後悔は今も全くありません。
しかし、その解放感や自由は、ある日突然、空から降ってきたわけではありません。
光があれば、影もある。
今日は、自由さをてにするまでに私が越えなければならなかった、静かで、しかし確かな『3つの壁』について、正直にお話ししたいと思います。」
壁①:お金の不安という「現実の壁」
定年後、私の心を最初に覆った暗雲は…やはり、『お金』のことでした。
毎月決まった日に振り込まれていた給料という太い命綱が、ある日ぷつりと切れる。
頭では分かっていても、通帳の数字が収入ではなく、支出によってのみ動いていく現実は、静かな圧迫感となって胸にのしかかりました。
その不安は、元の会社の戦友たちとの付き合い方にさえ、静かな影を落としました。
私の同期は、そのほとんどが再雇用で働き続けていました。
そんな中、気配りの出来る奴が、今でもまめに同期会を開いて誘ってくれるんです。
本当に、ありがたいことだと思っています。
最初は懐かしさもあり、喜んで顔を出していました。
でも、いつからか、少ししんどくなってしまった。
彼らの余裕ある生活や、現役さながらの話題の輪の中にいると、背伸びして無理に合わせている自分がいる。
決して安くはない参加費を払いながら、心のどこかで小さくなっている自分が、惨めでした。
彼らは本当に良い奴らなんです。それは、痛いほど分かっている。
悪いのは、変わってしまった私の環境か、それとも私の心の狭さなのか…。情
けないやら、恥ずかしいやら、本当に複雑な気持ちでしたね。
でも、ある時ふと気づいたんです。この歳になると、時間は命そのもの。
『無理してるな』『しんどいな』と感じることに、その大切な時間を使う必要はないんじゃないか、と。
私が参加しなくても、彼らが困るわけでもないのですから。
そう、自分に言い聞かせることにしたのです。
そこからでした。私は、自分の中の物差しを、意識して変えることにしたのです。
『お金を使う幸せ』から、『時間と知恵を使って幸せを創り出す豊かさ』へ。
・録り溜めたライブ映像の動画編集
・ブログとYouTubeへの投稿
・図書館という無料の知性の宝庫
・使い古しの色鉛筆と無印良品で買ったノートで始めたイラスト…etc
お金を『使わない』我慢ではなく、お金をかけずにどれだけ楽しめるか、という新しい人生のゲームが始まったのです。
通帳の数字と心の豊かさは、必ずしも比例しない。
この当たり前の事実に気づいた時、長年肩にのしかかっていた重い鎧を、ようやく脱ぐことができました。
見栄から解放され、足元にある小さな幸せを一つひとつ拾い集める喜びを知ったのです。
それは、お金では決して買えない、私だけの宝物でした。
壁②:役割を失う「心の壁」
お金の壁を乗り越えた先に待っていたのは、もっと形がなく、厄介な壁でした。
『私は、一体何者なのだろう』という、自分自身の存在価値に対する問いです。
正直に言いますと、私は現役時代、大した出世もできませんでした。
いわゆる、万年平社員です。
しかし、それでも『〇〇会社の△です』と差し出す一枚の名刺は、社会における私のささやかな存在証明でした。
会社という大きな船に乗っている一員であるという安心感が、確かにあったのです。
それが退職とともに、名刺のない『ただのリタイアおやじ』になった。
その時感じたのは、一抹の虚無感と、社会から切り離されたような、静かな喪失感でした。
先日、50年ぶりに高校の同窓会に出席したんです。
集まった100人ほどの同窓生たちは、驚くことにほとんどが現役らしく、あちこちで名刺交換が始まっている。
その光景を眺めながら、名刺を持たない私は、なんだか少しだけ居心地が悪くて…(笑)。
もちろん懐かしい気持ちもあるのですが、心のどこかで『これが最後の参加になるだろうな』と思ってしまいました。
現役時代、役員や管理職としてバリバリ働いていた友人なら、この喪失感はもっと深いのかもしれません。
肩書という名の鎧を脱いだ時、私たちは皆、多かれ少なかれ、裸の自分と向き合うことになるのです。
壁③:しがらみや腐れ縁との「人間関係の壁」
そして、最後の壁。これは、捨てる勇気が試される壁でした。
しかし、それは必ずしも嫌いな関係だけではありません。
時に、命の次に大切だとさえ思っていたものが、重い鎖に変わってしまうこともあるのです。
私は50代半ばから、学生時代以来となるバンド活動にのめり込んでいました.
大きな病気や仕事のストレスから逃れるように始めたのですが、すっかり夢中になり、一時は4つのバンドを掛け持ちして、年に何十回もライブをやるほどでした。
それは間違いなく、私の生きがいでした。
しかし、65歳を過ぎた頃です。
体力も、そして年金生活者の私には経済的にも、これまでと同じペースで続けるのが、正直しんどくなってきた。
そこで勇気を出して、メンバーに活動ペースを落としたいと打ち明けたんです。
きっと理解してくれるだろう、と。
ですが、彼らにとってもバンドは生きがいでした。
『あなたの個人的な事情でバンド活動は停滞させられない。続けられるメンバーを新しく探すので、辞めてもらって結構です。』…それが彼らの答えでした。
リタイアした無職の私と、現役で走り続ける彼らとの間にある、埋められない溝。
それを思い知らされた瞬間でした。
結局、私は4つのバンドすべてを、同時に去ることになりました。
あれだけ情熱を注ぎ、信頼していた関係が、こんなにもあっけなく崩れるのかと…しばらくは、ただ呆然とするだけの日々でした.
ですが、ぽっかりと空いた時間の中で、私は自分に言い聞かせました。
『これは、終わりじゃない。新しい一歩を踏み出すための契機なんだ』と。
そして、一つの大切なことに気づいたのです。
人生の後半戦、特に定年後は、『相手に過度な期待をしない』。
このスタンスが、何よりも大切なんだと。
それは決して、人を信じないという冷たい話ではありません。
相手の状況も、価値観も、変わっていく。
それを認め、尊重する。そうすることで初めて、自分自身も自由になれる。
それは相手にとっても、自分にとっても、心地よい距離感を保つための知恵だったのです。」
かつての仲間との熱狂は、今も私の宝物です。
しかし、それにしがみつくことはしない。
今は、自分のペースで楽しめる新しい音楽仲間と、少しずつですが、穏やかな関係を築いています。
失うことを恐れていては、新しい出会いのためのスペースは生まれない。
人間関係にも、丁寧な『新陳代謝』が必要だったのです。
その余白にこそ、本当の心の平穏が宿るのだと、私は今、実感しています。
エンディング
お金、役割、そして人間関係。この3つの壁は、現役時代という長い旅路の中で私たちが身につけた、価値観という名の重い荷物が生み出した幻影だったのかもしれません。
壁を乗り越える力は、何か特別な才能ではありません.
ただ、『自分の幸せの物差しを持つ』という、ささやかで、しかし断固たる覚悟です。
人生の後半戦は、誰かの評価のためでも、世間体のためでもない。紛れもなく、自分自身の物語です。
その物語の続きを、最高の章にしたいと思います。