
…ふぅ。
定年になって、もう何年経つかな。もう7年だ!
最初は毎日が日曜日って思ってたけど、実際は、考える時間が増えただけだな。
若い頃は、仕事と…そう、子育てに追われて、一日が矢のように過ぎていった。
息子が3人。昭和の終わりから、平成の初めにかけて生まれた、いわゆる、団塊ジュニアの少し下あたり。今はもう長男は40手前、末の息子も30半ばになる。
でも、あの頃は、必死だったな…。
35歳の時に家も建てた。30年ローン。今じゃ考えられない高金利5%!!
それでも、子供たちも、なんだかんだで3人とも大学まで行った。
一番下は大学院まで行ったから、俺が57の歳まで、学費を払ってた計算になる。
住宅ローンと、教育ローン。
人生の二大借金を、見事に両方背負ってたな。
給料日になると、通帳からごっそり金が消えていく。
『ああ、俺は、この返済のために生きてるのか』…なんて、よく思ったもんだ。
家族旅行も、ほとんど行けなかったな。
子供に、何かをねだられても、「うちは、うち。よそは、よそ」なんて、
今思えば、つまらない言い訳してたな(笑)。
…まあ、それでも、後悔はしてない。いや、後悔がないと言えば、嘘になるか。
ただ、それが、あの時の俺にできた、精一杯だったんだと思う。
そして、息子たちは、皆、立派に独立した。
それぞれ家庭を持ったり、仕事に打ち込んだり、
まあ、三者三様、好きにやってるようだ。
近くに住む次男が孫の顔を見せにきてくれるのが、今の楽しみだ。
ただ…。最近、たまに考える時がある。
俺が必死にやってきた、あの「子育て」は、一体、誰のためだったんだろうな、って。
もちろん、子供のためだ。そう信じて疑わなかった。
「大学だけは出してやりたい」
それが、父親としての責任であり、愛情だと思ってた。
でも、どうだろう?
今、この歳になって振り返ると、あれは、半分くらい、俺自身のプライドのためだったんじゃないか…なんて、思うことがある。
「3人の息子を、大学までやった父親」
そんな、ちっぽけな自己満足が、欲しかっただけなのかもしれない。
俺は、子供に「お金の話」をしなかった。奨学金っていう手もあるんだぞ、とか、
親父の給料はこれくらいで、家計は結構きついんだ、とか。
そういう、泥臭い話を、しなかった。
「子供に余計な心配かけるもんじゃない」って、それが親の務めだと思ってた。
でも、あれは、優しさじゃなかったのかもしれない。
ただの、親の独りよがりだ。
もし、息子の一人が「東京の大学に行きたい」なんて言い出したら、うちの家計は、パンクしてかもしれない。仕送りするだけの余裕はなかった。。。
そうならなかったのは、運が良かっただけだ。
幸い3人とも自宅から通える大学に進んだ。
ただ、それだけのことなんだよ。
子育てに、正解なんてないんだろう。
俺たちの時代は、いい大学に入って、いい会社に入ることが、幸せへの片道切符みたいに言われてたけど、今の時代は、もう、そんなんじゃない。
長男は離婚して、一人で頑張ってる。
次男は、孫を連れて、よく顔を見せてくれる。
三男は、子供はいらないって、犬を可愛がってる。
みんな、違う。
それで、いいんだ。
俺が思い描いた幸せとは違っても、彼らが、彼らなりに、自分の人生を生きてる。
それを見守れるだけで、もう、十分じゃないか。
だから、もし、昔の自分に会えるなら、言ってやりたいな。
「おい、お前の子供は、お前の作品じゃないぞ」って。
「一人の、お前とは違う人間なんだ。他人なんだ」って。
他人だと思えば、腹も立たん。
他人だと思えば、過度な期待もしない。
他人なのに、自分の子供として生まれてきてくれた。
それだけで、もう、ありがたいじゃないか。
愛してるからこそ、支配しない。
愛してるからこそ、一人の人間として、尊重する。
まあ、そんな偉そうなこと言っても、
いざ孫の顔を見ると、ついつい甘やかして、息子に「ジイジは、絶対怒らないから!」なんて、呆れられるんだけど。
人間、そう簡単には変われんよ。
それでも、まあ…こうやって、一人、昔を思い出しながら、色々考えられる。
そんな時間が持てるのも、
定年したからこその、贅沢なのかもしれんな。
…さて、そろそろ、散歩にでも行くか。