音楽大好き親父の徒然ブログ

Eギターと出会って50年、音楽とバンド大好き親父の徒然ブログです。

『再雇用を断って7年。揺れも後悔も全部含めて、今の私が思うこと。』

 

■はじめに

今日は、少しだけ、いや、かなり深掘りした「私自身の話」をさせてください。

 

再雇用を断って、もう7年が経ちました。
7年ですよ? あっという間のような、とてつもなく長かったような…。

 

いまだにね、ふとした瞬間に「あの時、会社に戻っていたら、どうなっていただろう」って、考える日があります。正直な気持ちです。

 

でも、そんな揺れも、不安も、後悔も、全部抱えながら、私は今、こうして元気に生きています。


今日は、この7年間で僕が感じてきた、心の奥底の「本音」を、皆さんに正直にお話します。

きっと、皆さんの心の中にも、似たような問いがあるんじゃないかな。


今日は、そんな皆さんと一緒に、私の7年間の道のりを、ゆっくりと歩んでいけたら嬉しいです。

第1章:揺れ続けた1年目──「ほんとに正しかったのか?」

再雇用を断った直後の私の心は、想像していた以上に落ち着きませんでした。
あれほど「もういい」と決意して辞めたはずなのに、心はずっと、まるで潮の満ち引きのように揺れ動いていました。

  • エピソード:解放感のあとの静寂

最初の1ヶ月は、本当に「明日、会社に行かなくていいんだ」という解放感が全身を包んでいました。


朝、目覚ましに起こされることもなく、ゆっくりと窓の外を見上げると、空がこんなにも青かったのかと。

「あぁ、やっと自由になれた」──心からそう思いましたね。

 

でも、その高揚感は長くは続きませんでした。徐々に朝の「静けさ」が怖くなっていったんです。


妻がパートに出かけて一人になったリビングで、ふと「あれ?これでいいんだっけ?」って。

それまで忙しすぎて感じなかった、時間の重みのようなものに、いきなり押しつぶされそうになったんです。

 

  • エピソード:届いた同期からのメール、そして「場違い」な自分

そんなある日、スマホに一通のメールが届きました。
差出人を見て、ドキッとしましたね。再雇用でまだ会社に残っている、同期の友人からでした。

 

内容は、「久しぶりに同期で集まらないか?」というお誘い。
一瞬、嬉しさもこみ上げてきました。彼らと会って、昔話に花を咲かせたい、と。

 

でも、そのメールを何度も読み返すうちに、胸の奥から何とも言えない、複雑な感情が湧き上がってきたんです。

 

彼らは今も、同じ会社で、同じ組織の中で、役割を持って働いている。
一方、私は? 「自由」は手に入れたけれど、そこにはもう、彼らと同じ「共通の場」がない。

 

「俺はもう、彼らと同じ舞台にはいないんだな…」


そう気づいた時、自分がまるで「場違い」な存在になったような、疎外感のようなものが胸を締め付けました。

辞めたくて辞めたはずなのに、なぜだろう?


「居場所を失う恐怖は、自由よりも重い。」

 

そして、もう一つ。


「人は、同じ『物語』を共有することで繋がる。」


その物語から、私はもう外れてしまったんだと。

そのメールに、すぐに返信できませんでした。何て答えればいいのか、わからなかったんです。


あの時、私は本当に「ひとりぼっち」になったような、そんな感覚でした。

 

  • エピソード:尽きない不安のトップは「お金」

そして、何より一番大きかった不安は、やっぱり「お金」のこと。


「年金支給の65歳までの5年間、このままで本当にやっていけるのか?」

「再雇用を断ったのは、ただの蛮勇だったのか?計画性のないバカだったんじゃないか?」
そんなことを、眠れない夜に何度も何度も考えました。

 

通帳の残高を見るたびに、ため息が出る日もありました。


1年目は、決して「自由を満喫していた」なんて言えません。

むしろ、心の中ではずっと揺れ、迷い、そして何よりも不安と戦い続けていました。


皆さんも、新しい道を選ぶ時、こんな風に揺れることはありませんか?

私だけじゃないと信じたいです。

 

第2章:2〜5年目──「戻らなくてよかった理由」が少しずつ見えてきた

揺れながらも、時間だけは平等に流れていきました。

そして、少しずつですが、自分の中で“ある変化”が起こり始めました。

不安の霧が、晴れていくような感覚です。

  • エピソード:自由の真の意味を知る

まず気づいたのは、「働かない生活にも、自分なりのリズムが必要だ」ということ。

最初の頃は、自由が嬉しくて、何でもかんでも予定を詰め込もうとしていました。趣味、飲み会、ライブ…。


でも、ある日、ふとドッと疲れが来て、気づいたんです。

「自由って、何かを“捨てる”ことでしか手に入らないんだな」と。


私の場合、それが「他人の視線」でした。

「働いていないと怠け者」「定年後は暇を持て余すもの」…世間のそんな空気を気にしすぎて、自分で自分を追い込んでいたんです。

 

でも、ある時「もういいや、私が私の人生をどう生きようと、他人は関係ない」って、そう思えた瞬間、心がスッと軽くなりました。

 

「本当の自由は、他人の評価という重荷を下ろした先にある。」


この発見は、私にとって本当に大きかった。

 

  • エピソード②:失われた「余白」の復活

そして何より大きかったのは、趣味の復活でした。

若い頃に夢中になったギターやドラムでのバンド活動、そして色鉛筆で絵を描くイラスト。

それらが、また息を吹き返したんです。


仕事をしていた頃は、曜日も時間も関係なく拘束されて、心がいつも「余白」を失っていました。

頭の中は常に仕事のことでいっぱい。新しいアイデアも、ふと湧き出るインスピレーションも、入り込む隙間がなかった。

 

でも今は、「今日は音楽をやろう」「今日は旅の計画を立てよう」そんなふうに、自分の心に従った生活ができる。

この時期になってようやく、「あぁ、会社に戻らなくてよかった」そう心から思える日が増えていきました。
皆さんも、心の余白、持てていますか?

 

第3章:6〜7年目──揺れは消えない。でも、それでいい

そして、7年が経った今。

もちろん、「不安がゼロになった」なんて、とても言えません。


でもね、不安って、敵じゃなくて「付き合う相手」なんだと、ようやく気づくことができました。

  • エピソード:心の余裕こそが人生の豊かさ

ある日、散歩中に70代くらいのご夫婦が、楽しそうに話しながらゆっくりと歩いている姿を見ました。

多分旅行で来られたようで、近くの神社に参拝の途中のようでした。

 

「ああ、いいなあ」と素直に思いましたね。
何気ない日常の光景ですが、その姿を見ながら思ったんです。

 

 

働く・働かないより、心の余裕が一番大事なんだな」と。


もしあの時、再雇用を選んでいたら──

もしかしたら、また仕事のプレッシャーに追われ、体を壊して、こんな穏やかな時間を過ごせていなかったかもしれない。


お金はもう少しあったかもしれないけれど、本当に大切な「時間」や「心のゆとり」を失っていたら、それは豊かな人生と言えるのだろうか?

 

「心の豊かさは、財布の厚さでは測れない。」


このご夫婦の後ろ姿を見て、改めてそう強く感じました。

 

そして、ふと、同期からのメールが頭をよぎりました。

あの時、すぐに返信できなかった私も、今はこうして、自分のペースで人生の豊かさを見つけられている。これでいいんだ、と。

  • エピソード:比較は「病」、自分は「自分」

時々、本当に時々ですけど、「もっと稼げたんじゃないか」とか、
「同世代のアイツと比べて、自分は劣っているんじゃないか」とか、
そんな気持ちが頭をよぎることも、正直、あります。

 

特に、たまに同期と会うと、彼らの安定した生活や、会社での役割を聞いて、一瞬「あれ?」と思ってしまうことも。

 

でも、そんな時は、深く深呼吸して、こう思うようにしています。


「比較は、人生を一番疲れさせる心の病だ。」と。

 

私が誰かと比較しても、何も生まれない。私が私であること、人が人であること。
その単純な事実を、定年後の私が一番、受け入れられるようになったんです。

 

自分は自分。人は人。このシンプルな真理が、どれだけ僕を救ってくれたか。


皆さんも、誰かと自分を比べて、苦しくなること、ありませんか?そんな時、ぜひこの言葉を思い出してみてください。

 

  • エピソード:正解は一つじゃない、自分で決めた道を信じる強さ

7年経って、今の私が思うこと。


それは──
「再雇用の選択に、唯一の正解はない。」
ということです。

 

働き続けた人も、会社を辞めた私のような人も、それぞれの事情があって、それぞれの選択に「正しさ」がある。


どちらが優れているとか、劣っているとか、そういうことじゃない。

 

ただひとつ、確かなことがあるとすれば、

「自分で決めた道は、時間が必ず味方になる。」ということ。

 

不安も揺れも、そして少しの後悔も、全部含めて、今の私の生き方に「意味」をくれる。
この7年間、私自身の足で歩んできた道が、私だけの「正解」なんだと、今は胸を張って言えます。

 

エンディング

再雇用を断って7年。


あの時の決断が、本当に「ベストな選択」だったのかは、今でも分かりません。
もしかしたら、もっと違う道もあったのかもしれない。

 

でも──
この選択をしたおかげで、今の僕は、本当に「私らしい人生」を歩めていると、心からそう感じています。


迷うことも、立ち止まることも、不安に押しつぶされそうになることも、たくさんありました。


だけど、ひとつずつ、自分の心と向き合って、ここまで来ることができました。

 

今、人生の岐路に立っている人、何か選択に迷っている人へ。
私から伝えたいことは、ただひとつです。

 

揺れていい。迷っていい。どちらの道を選んでも、後で振り返って『これが私の道だった』と思えるように、最後は自分で決めた道を信じてあげてください。

 

私の個人的な話にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。