
― 情報の濁流にのみ込まれないために ―
① 最初に
夜中3時。
ふと、目が覚める。
年金、物価、日本の未来――
考えても今すぐ答えなんか出ないことばかり、
頭の中をぐるぐる回る。
……なのに、考えるのをやめられない。
60を過ぎてからでしょうか。
若い頃みたいに、“明日の仕事”じゃなく、
“1年先の不安”で眠れない夜が増えました。
でも、ある時気づいたんです。
私を苦しめていたのは、
老後そのものより――
“浴びすぎた情報”だったのかもしれない。
たぶん、
私だけじゃないですよね。
② 情報に飲まれていた頃
定年退職して、
ぽっかり時間ができた頃。
私は、やたら情報を見るようになりました。
テレビをつける。
スマホを見る。
YouTubeを見る。
またニュースを見る。
「老後資金問題」
「物価上昇」
「将来不安」
「○○ショック」
……次から次へと、
不安の材料が流れてくる。
そのたびに、
「え、大丈夫か?」
「俺、遅れてる?」
「何か準備しないとまずい?」
気づけば、
不安になるために
情報を集めてる日もありました。
今思えば――
完全に、情報に酔ってたんですよね。
お酒と同じで、
酔ってる時って、自分じゃ気づかない。
むしろ“ちゃんと考えてる自分”
くらいに思ってる。
でも実際は、
情報を見てるようで、
情報に振り回されてただけでした。
③ 気づいたこと①
・ニュースには“温度”がある
そのうち、気づいたんです。
同じ出来事なのに、
言う人によって、ずいぶん違う。
ある番組は
「深刻な事態だ」と言う。
チャンネルを変えると、
「そこまで悲観しなくていい」と言う。
……どっちなんだ、と思うでしょう。
でも、たぶん――
どっちも正しくて、
どっちも正しくない。
事実そのものより、
そこに
誰が、どんな見方で、
どんな温度で語るかが混ざる。
右寄りの温度。
左寄りの温度。
“中立です”
みたいな顔してても、
案外、しっかり味ついてたりする。
……まあ、
少し穿ちすぎかもしれませんが。
でも、ある日思ったんです。
**「ああ、これって料理と同じだな」**って。
同じ素材でも、
作る人で味が変わる。
辛くもなる。
甘くもなる。
だったら、
飲み込む前に少しだけ考えてもいい。
「これ、誰が、何のために作ったんだろう?」
そう思うだけで、情報に
丸のみされにくくなりました。
④ 気づいたこと②
SNSは“不安の拡声器”
SNSも便利です。
便利なんですが……
怒ってる人の声って、強いんですよね。
不安。怒り。極端な意見。
どうしても、目に入る。
気づけば、世の中全部が
ピリピリしてるように見えてくる。
でも――
スマホを置いて、妻に頼まれたメモを持って
近所のスーパーに行くと、
白菜を選んでる人がいて、
子どもがアイスをねだってて、
レジで「今日は暑いですね」なんて話してる。
……その時、思ったんです。
世界、思ったほど壊れてなかった。
なんだか、
ちょっと笑いました。
TV画面の中では大騒ぎでも、
目の前には、
ちゃんと今日の暮らしがあった。
⑤ 散歩で戻った“自分の人生”
コロナが落ち着いてきた頃、
ある日、情報を見るのをやめて、ふらっと散歩に出ました。
いつもの道。
犬を散歩する人。
咲きかけの桜。
少し冷たい風。
その時、
ふと思ったんです。
「……ああ、俺、画面の中で生きてたな」って。
世界の問題は、たしかに大事です。
でも――
今日の自分の人生は、
まず“今日をどう過ごすか”
なんですよね。
お茶を飲む。
少し歩く。
好きな音楽を聴く。
それだけで、
心が妙に静かになる日がある。
⑥ 68歳が辿り着いた“いい塩梅”
それから私は、情報との距離を
少し変えました。
全部は信じない。
でも、全部は否定しない。
「そういう見方もあるんだな」
……そのくらいで、一回置いてみる。
昔より、白か黒か、
すぐ答えを出したがらなくなりました。
たぶん――
正しさだけより、“機嫌よく生きること”の方が
大事な日もある。
そう気づいたからです。
少なくとも、今の私はそうです。
⑦ 最後に
お金も大事。
健康も大事。
世の中の流れも、
無関係じゃない。
でも――
不安ばかり集めて、今日を台無しにするのは、
なんだか、もったいない。
だったら。
ニュースを少し閉じて、
散歩して、
空を見て、
お茶でも飲んで。
「ま、なんとかなるか」
……そのくらいで、
ちょうどいい日もある。
世の中は、
たぶんこれからもずっと少し騒がしい。
でも――
心まで、いちいち騒がせなくていい。
その中で、
自分の機嫌を取りながら生きる。
68歳。
そのくらいで笑える日が、
人生には案外、いちばん強い。
肩の力、少し抜いて。
お互い、気楽にいきましょう。
では、また!