音楽大好き親父の徒然ブログ

Eギターと出会って50年、音楽とバンド大好き親父の徒然ブログです。

古希前、突然立てなくなった朝。“まだ大丈夫”が消えた日

▍ 突然のめまいが・・・

2週間前の朝でした。

朝ごはんを食べて、
いつものように歯を磨いていた、その途中――

突然、立っていられなくなりました。

 

目の前が激しく揺れる。
猛烈なめまい。吐き気。

 

壁に手をついても無理でした。

その場に崩れ、床を這い、
階段の手すりにしがみつくようにして、2階の自分の部屋へ戻りました。

 

脳なのか。心臓なのか。
このまま、自分はどうなるのか。

何ひとつ分からない。

 

ただ、沈んでいくような不快感と、
説明できない恐怖だけがありました。

 

…今日は、あの朝の話をします。

 

▍第1章:「まだ大丈夫」が崩れた日

妻はパートで不在。
家には、私ひとり。

 

病院へ行かなければ――
そう思っても、とても動けない。

 

横になっても、めまいはどんどんひどくなる。

吐き気も襲ってくる。

 

何とか妻に電話をしました。

でも、うまく話せない。

「急にひどいめまいが…動けない…」

それだけ伝えるのが精一杯でした。

 

異変を察して、すぐ動いてくれた妻。

そして、連絡を受けて駆けつけてくれた息子。

 

そのおかげで、私は病院へ向かうことができました。

 

着くとすぐにCT検査――

正直、脳出血も頭をよぎりました。

 

幸い結果は、脳に異常なし。

診断は、「前庭神経炎」あるいは「良性発作性頭位めまい」の可能性とのこと。

ひとまず、命に関わる病気ではありませんでした。

 

…でも。ほんの少し前まで、いつもと変わらない普通の朝だったのに――

突然、立つことすらできなくなる。

その現実だけで、十分すぎるほど怖かった。

 

数時間後、ようやく症状は落ち着き、
入院はせず、自宅療養。1週間後に再診。

 

めまい薬を飲みながら、少しずつ、
本当に少しずつ、元に戻っていきました。

 

Facebookにこのことを書いたところ、思いのほか多くの方が

同じ病を経験していることを知りました。

 

今は、ほぼ普通に生活できています。

でも――あの日を境に、“普通”の見え方が変わりました。

 

▍第2章:「自分だけは大丈夫」という錯覚

少し前に、元の会社の後輩が亡くなりました。

63歳。私より5歳下でした。

突然の入院から、わずか2か月。

 

ショックでした。

同年代の訃報を聞くたび、「気をつけないとな」とは思うんです。

 

でも――心のどこかで、“いや、自分はまだ大丈夫”そう思っていた。

根拠なんて、何もないのに。

 

思えば私は、54歳で進行した前立腺がんも経験しています。

あの時、人生は有限なんだと、嫌というほど思い知ったはずでした。

 

なのに――

時間が経つと、人はまた忘れる。

いや、忘れたいのかもしれません。

 

でも、あの朝。

床を這いながら、はっきり分かりました。

 

“自分だけは大丈夫”なんて、ただの思い込みだった。

例外なんて、ないんだと。

 

その現実を、私は体で理解しました。

 

▍ 第3章:横になりながら考えたこと

もし、これがもっと大きな病気だったら――

もし、このまま誰にも気づかれなかったら――

横になりながら、いろんなことを考えました。

 

やり残していること。
先延ばしにしていること。
会いたい人。行きたい場所。

 

そして――もっと現実的なことにも気づきました。

借地契約書の内容。
医療費控除のやり方。
パソコンやスマホのパスワード。

自分しか詳細を知らないことが・・・色々ある。

 

元気な時は、そんなこと、
本気で考えもしませんでした。

いや、少し頭をよぎっても、

「また今度でいい」
「そのうちやればいい」

そうやって、後回しにしていた。

 

でもそれは――

“まだ先がある”と思い込んでいたからです。

「自分のことは自分が一番わかっている」

そんな小さな慢心が、どれほど無責任だったか。

 

病気とは別の意味で、冷や汗が出ました。

そして何より―

あの朝、強く思ったんです。

 

自分は、ひとりで生きてきたつもりでも――

本当は、たくさんの人とのつながりの中で、
ここまで生きてきたんだな…と。

 

元気な時って、忘れがちなんですよね。

「まだ大丈夫。自分は一人でも何とかなる。」

…あろうことか調子に乗って、

「一人の方が気楽でいい」なんて思ったりもする。

 

でも――本当に心細い時、
人の支えの大きさを思い知る。

 

そして、思いました。

自分はこれまで――

支えてくれた人たちを、ちゃんと大切にできていただろうか。

感謝を、言葉にしてきただろうか。

 

「そのうち」
「落ち着いたら」
「いつか」

 

でも――その“いつか”は、
当たり前に来るとは限らない。

 

古希が近づいた今、ようやく少し分かった気がします。

時間は、まだあるかもしれない。

でも――無限じゃない。

 

▍第4章:だから、これからどう生きるか

だからといって、
必要以上に怖がりたいわけじゃありません。

諦めたいわけでもない。

むしろ――逆です。

 

残り時間を、もう少し意識して生きたい。

先延ばしにしていたことを、少しずつ始める。

 

体のサインを、“まだ大丈夫”で片づけない。

感謝は、思っているだけじゃなく、言葉にする。

 

そして――「いつかやろう」を、少し減らす。

・会いたい人には、会えるうちに会っておく。

・伝えたいことは、言えるうちに伝えておく。

・今日できることなら、小さなことでも、今日のうちにやってみる。

・大げさなことでなくていい。ただ――今日を、少し雑に扱わない。

 

最近、ずっと続くものなんてないんだな…と、
以前より自然に思うようになりました。

だからこそ――今日がある。

 

今日、こうして動けること。

話せること。誰かとつながっていられること。

それ自体、当たり前じゃない。

▍エンディング

あの日、突然立てなくなった朝。

正直、怖かったです。

 

年齢も、残り時間も、
嫌でも意識しました。

 

でも――あの日があったからこそ、
気づけたこともありました。

 

人生は、まだ終わっていない。

でも――思っているほど、先送りできるほど、無限でもない。

 

倒れなければ、気づかなかったことがありました。

考えなかったことがありました。

 

だから、あの朝は怖い出来事だったけれど――

人生を少し見つめ直すための、
“もらった時間”だったのかもしれません。

 

人生は、思っているより急に揺れる。

だからこそ――今日という時間を、もう少し丁寧に生きたい。

 

今日という一日も、当たり前じゃないのかもしれません。

 

だから――どうか、大切に。

今回も最後まで見てくださって、ありがとうございました。