音楽大好き親父の徒然ブログ

Eギターと出会って50年、音楽とバンド大好き親父の徒然ブログです。

いまだ残るパワハラの影!私のパワハラ体験とその教訓

 

いつも「音楽大好き親父の徒然ブログ」を見ていただき、ありがとうございます。

今回は筆者が過去に経験した少し辛い話です。もしよければお付き合いを。

いまだに残るパワハラの影

連日報道される某県知事と一部の幹部によるパワハラ疑惑を見ていると、昔の自分が受けた屈辱的な経験を思い出します。

 

パワハラは世の中からなくならないのか!

20年前に私が経験した苦い記憶が、今も繰り返されていることにやるせない気持ちになります。

 

これだけコンプライアンスが叫ばれているのに、なぜ?」と思う人も多いでしょうね。私もそうです。

法整備が進み、人権意識も向上しているはずなのに、パワハラ事案が後を絶たない。

結局、20年前と何も変わっていないのではないかとさえ思ってしまいます。

 

冒頭のパワハラ疑惑については真相はこれから究明されると思いますが、すくなくとも彼らが部下を精神的に追い詰め、限界に追い込んだことは疑いがないと思います。

これらを見るたびに、私がかつて経験した苦い思い出がよみがえります。

 私のパワハラ体験とその教訓

転勤先での陰湿なパワハラ

私がパワハラを経験をしたのは、今から20年近く前の40代半ばでの本社転勤がきっかけでした。

※第三者が「パワハラ認定」をしたわけではありませんが、私は限りなくクロだと今も確信しています。

 

新卒入社以来23年間・関連子会社で働いていた私は、本社初出勤の日から驚くべき経験をすることになります。

それまでの職場では、上下関係があっても、少なくとも同じ目標を共有し尊重し合う雰囲気がありました。

 

しかし、本社では全く違いました。

そこには、本社で働くことがステータスと思い込んでいる上司や先輩・同僚ばかり。

そんな彼らにとって、赤字の子会社から来た私は異分子でしかありませんでした。

 

私が何を言っても「本社の歴史・文化を理解していない」と決めつけられ、次第に冷淡な対応が始まったのです。

時には立たされたままフロア全体に響き渡る大声で叱責されることもありました。

 

こうした人権を蹂躙するような屈辱的な経験が私をますます孤立させました。

※なにしろ会社内で「パワーハラスメント」や「コンプライアンス」などといった言葉も概念も全く存在していない時代。パワハラを行う側の人間にも全く加害者としての自覚も意識もなかったんでしょう。



そんな環境で、私は自分の意見を言わず(とても言えなかった!)、ひたすら上司に従う毎日を送ることになります。

しかし、何を聞いてもよそよそしく表面的な答えしか返ってこず、仕事の相談すらできない状況が続きました。

 

パワハラの恐ろしさとは

仕事中にパワハラまがいの暴言を受けることはもはや日常茶飯事であり、毎日が耐えるだけの日々。休日中の仕事の強要も、当然のごとく行われていました。

 

やがて職場に行くことが苦痛で恐怖に感じられるようになり、それまでの23年間のキャリアが全く役に立たない無力感が徐々に自分を蝕んでくるようでした。

 

今なら即アウト!になるような「人格否定の言葉の暴力」も日々浴びせられました。

★降り注ぐ今なら一発アウトの言葉の暴力の数々

・子会社は君程度の人間でも勤まるんだ・・・どうりで赤字なわけだ

・企画部門も経験していたらしいが、どうみてもセンスは皆無だな

・仕事ができないなら誰よりも早く出社してくるのが当然だろ

・どこの馬の骨かも分からない君が本社に拾ってもらえてラッキーだな

・本社のことが全く理解できていない。もぐり入社か?  ・・・etc.

 

毎日がこの調子。私の意見はまともに聞かれず、ことあるごとに叱責される日々。

耐えるしかないと思い、なんとかやり過ごそうとしていましたが、精神的にはどんどん追い詰められていきました。

 

そんなことが続くと、いつの間にか「自分が悪いのかもしれない」「本当に自分は無能なのでは・・・」と思い始めます。

パワハラを受け続けると、なぜか自分に非があるように感じてしまうことがあります。

 

それこそがパワハラの恐ろしさです。

 

コンプライアンス意識の高まりと変化の兆し

こんな状況で、よく自分が壊れなかったな!と今でも思うことがあります。

転勤して2年経ったころ、時代の流れとともに、会社内でもコンプライアンスの意識が徐々に高まり始めました。

これにより、職場の雰囲気が少しずつ変わり始めました。

 

そして、ハラスメントに対する社内規定や専門部署が設置され、パワハラ?上司の態度が一変、あからさまなパワハラは嘘のようになくなりました

正直、この”手の平返し”には「呆れてものが言えない!」気持ちでしたが、なにはともあれ、こうして私は命拾いしたのです。

 

この時期、私自身も職場環境にも慣れ、ようやく少しずつ周囲から認められるようになっていきました。

転勤から2年近くの時間がかかりましたが、孤立感が和らぎ、職場での人間関係も少しづつですが改善されていきました。

 

コンプライアンス研修や新しい取り組みにより、職場環境はかなり改善されました。

私も業務に適応し、新たなスキルを身につけながら成長を感じました。

次第に同僚との関係も良くなり、仕事への意欲が戻りつつありました。

 

数年後には、厳しかった上司からも責任ある仕事を任されるようになり、同僚からの信頼も得て、ようやく職場でのやりがいと充実感を感じることができました。

 

振り返ると、私が当時学んだのは「我慢することが全てではない」ということでした。

自分が耐えきれない状況にいるのなら、勇気を持って一歩引いてみることも大切です。

 

なぜパワハラはなくならないのか?

 

では、なぜ今でもパワハラがなくならないのでしょうか?

 

一つの理由は、パワハラの加害者に共通する心理的要因にあると思います。

特に、一部の権力を持った人たちの支配欲権力欲(出世欲です。

」を持つこと自体は悪いものではありません。

上昇志向や強い目的意識が人を成長させる原動力だからです。

 

しかし、中には自分の地位を守るため、更なる出世を目指すため、あるいはさらに権力(影響力)を拡大するために、他人を踏みつけてでも自分の欲望を満たそうとするタイプがいることも残念ながら事実です。

 

コンプライアンスが社会通念・企業文化として浸透つつある現在においても、こうした「欲望」に打ち勝つことは難しいのだと感じずにはいられません。

 

ある意味、パワハラの根底には人間の本質的な性質が隠れているのかもしれません。

自分の欲望を満たすためには、人権やコンプライアンスなどは後回しにしてしまう。

それが、一定のタイプの人間には根強く残っているように感じます。

 

たとえば、ニュースで報道されるパワハラの加害者の多くが、上司や管理職に就いていることが多いですよね。

彼らは会社内での権力を手にし、それを守るために時には理不尽な方法を取ってしまう。

悲しいことに、どれだけ時間が経っても、この欲望がある限り、パワハラは完全には消えないのかもしれません。

 

それでも、社会は進歩している

ただ、全てが絶望的に暗いままではありません。

実際には社会も少しずつ変わりつつあります。

 

私自身、かつてのパワハラ体験から徐々に環境が改善される様子を見てきました。

時間はかかったものの、少しずつ職場の空気が良くなっていったのを覚えています。

 

このように、社会全体としてもパワハラに対する取り組みは進んでいます。

もちろん、まだ問題は多く残されていますが、一歩ずつでも前に進んでいることを実感できるのは、よりよい社会になるための確かな希望だと思います。