
60歳で定年を迎えてから、8年が経ちました。
最初の2年半はアルバイトをしていました。
でも、あのコロナで仕事がなくなって……。
それから丸5年、ずっと無職です。
今は肩書きもありません。
名刺もありません。
正直に言うと、
「自分はもう誰にも必要とされていないんじゃないか」
そんなことを、ふと考えてしまった時期もありました。
でも、この8年を振り返ると、
ただ時間が過ぎただけではありませんでした。
今日は、定年後8年間の
自分なりの総括と自己評価です。
- ① 比べる相手は、自分だけでいい
- ② 「自分勝手」は悪いことじゃなかった
- ③ 「無職=恥ずかしい」は思い込みだった
- ④ 「いつか」は、だいたい来ない
- ⑤ お金より、心に残る情景
- ⑥ 最後に後悔すること
- ⑦ 私を変えた出来事
- 【8年間の自己評価】
① 比べる相手は、自分だけでいい
同級生が現役バリバリで働いていたり、
SNSでは同年代の人がキラキラした生活をしていたり。
夫婦で世界一周クルーズ。
外車に乗り換えた。
そんな話を見て
「それに比べて自分は……」と落ち込んだこともありました。
でも今思えば、
あの時間が人生で一番もったいない浪費でした。
誰かと比べて自分を下げても、
幸せは1ミリも増えません。
どうせ比べるなら、相手は昨日の自分。
昨日より少し前向きなら、それで十分。
それでいいんです。
② 「自分勝手」は悪いことじゃなかった
日本人男性の健康寿命は72歳と言われています。
その数字が現実味を帯びてくると、
残された時間が急に短く感じてきました。
嫌われたくない。
いい人だと思われたい。
そんなことを気にして遠慮している場合じゃない。
他人の目を気にして生きるのか。
自分の人生を生きるのか。
選ぶのは、いつだって自分です。
③ 「無職=恥ずかしい」は思い込みだった
働いていないと、
どこか肩身が狭い。
以前はそんな気持ちもありました。
「今、何してるの?」
「お仕事は?」
そう聞かれると、胸が少しチクっとする。
でも心の中では思っています。
「ほっといてくれ。あんたに関係ないやろ」
「働いてないのには、それなりの理由があるねん」
もちろん言いませんけど(笑)
今も無職です。
贅沢はできませんが、
三食ちゃんと美味しく食べています。
回数は減りましたが、
大好きなライブもまだやっています。
時間を忘れて飲める友達もいる。
体は少しガタが来ていますが、
心はまだ元気です。
「何者でもない自分」ですが、
今の自分に、ちゃんと満足しています。
④ 「いつか」は、だいたい来ない
「いつかやろう」
その“いつか”は、
たいてい来ません。
もし来たとしても、
その時には膝が笑っているかもしれない。
体力も気力も、貯金はできません。
だから
やるなら「今」です。
⑤ お金より、心に残る情景
お金は安心をくれます。
あれば、きっと多くの夢も叶うでしょう。
私だって「もっとあればなあ」と思います。
でも人生の最後に思い出すのは、
通帳の数字ではない気がします。
あの時見た景色。
あの時聞いた笑い声。
人生が最後にくれる利息は、
きっとそんな「情景」です。
これから先、
そんな情景をもう少し集めていきたい。
そう思っています。
⑥ 最後に後悔すること
「もっと出世すればよかった」
「もっとお金を稼げばよかった」
たぶん、死ぬ前にそんなことを言う人は
ほとんどいないと思います。
言うとしたら、きっとこれです。
「もっとやりたいことをやればよかった」
後悔ではなく、
満足して終わりたい。
だから、やりたいことがあるなら
途中退場になるかもしれませんが
とにかくやってみる。
それでいいと思っています。
⑦ 私を変えた出来事
実は私は54歳の時、
前立腺がんを告知されました。
頭が真っ白になりました。
怖かった。
情けないほど泣いた日もありました。
でも今思えば、
あの経験が人生の優先順位を全部変えました。
世間体
他人の評価
見栄
そんなものは、
どうでもよくなりました。
「終わり」を意識した時、
初めて残りの時間をどう生きるか
それを本気で考えるようになりました。
【8年間の自己評価】
定年から8年。
無職になって5年。
贅沢はできませんでした。
苦しい時もありました。
でも振り返ってみると、
ようやく
自分の人生を自分の手に取り戻せた時間でした。
収入は減りました。
肩書きもなくなりました。
でも――
人生の主導権は、ようやく自分に戻ってきました。
終わりは、いつか必ず来ます。
でも、その日までは
ちゃんと生きていたい。
自分の人生くらい、
最後まで自分で選びたいと思っています。
まあ……
来年になって
「やっぱり働きます」なんて言い出したら、
その時は笑ってください。
それもまた、
私の人生ですから。